2020年3月30日(月)から放送されていたNHK朝ドラ「エール」。
「エール」は昭和の音楽史を代表し、5,000曲の名曲を残された作曲家・古関裕而さんと、歌手としても活躍されていた妻の金子(きんこ)さんがモデルとなった物語です。
実在の人物を元に作られた、ドラマの最終日は11月27日放送ですがこれまでの朝ドラのラストとは違った結末となります。
この記事ではNHK朝ドラ「エール」の最終回結末についてお伝えします。
朝ドラエールのあらすじは?
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ここからはあらためて「エール」のあらすじネタバレをご紹介します。
この記事では分かりやすいように、キャストの名前は、エールの役名で書いていきます。
主人公は、古山裕一(窪田正孝さん)で、ヒロイン役は、関内音(二階堂ふみさん)です。
明治42年日本が生糸輸出量世界一を誇っていた時代に、古山裕一は誕生します。
古山裕一は福島県にある、老舗呉服屋「喜多一」の長男として、跡取り息子として育てられてきました。
しかしおっとり気弱な性格から、周りからは「取り柄がない。」などと言われたりしていました。
そんな裕一ですが、小学生となってから音楽の才能を開花させます。
担任教師の東堂清晴先生(森山直太朗さん)は音楽教育に情熱を注いでおり、裕一は東堂先生の影響を受けて音楽の魅力にハマり、次第に独学で作曲を行うようにまでなっていきます。
ですが古山裕一は老舗呉服屋「喜多一」の跡取り息子ということもあり、学校を卒業後は、商業の道へ進むことを決め、伯父が経営する銀行で働くようになります。
だがしかし裕一は音楽の道を諦めることが出来ませんでした。
そんな裕一はある日、家族に内緒でイギリスの作曲コンクールに応募し、この曲が見事上位入賞を果たすのでした。
裕一のコンクール入賞が新聞に報じられると、その新聞記事を見た関内音は裕一に興味を持ち手紙を送ります。
そのことがキッカケとなって、二人は文通を始めることになるのです。
福島と愛知・豊橋という遠距離でしたが、二人は次第に惹かれ合い、結婚することに。
昭和5年、古山裕一が20歳、関内音が18歳の時でした。
その後2人は上京して多くの人たちとの出会いが・・・。
第2次世界大戦という不遇の戦争時代もありましたが、その波を乗り越えて、数多くのヒット曲を生み出していくのです。
エールで古山裕一が戦時中の歌を作曲することに苦悩
昨年の秋、主人公・古山裕一( #窪田正孝 )の生まれ故郷・福島で撮影が行われました。
たくさんの地元の方々にご協力いただき、「背中を押してもらった」と、窪田さん。「あったかくて、力強いシーンになった」というこのシーンは…放送をお楽しみに!#朝ドラエール #3月30日放送開始 #福島 pic.twitter.com/Ze8SpIHc9q— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) 2020年2月5日
そんな中、第二次世界大戦が勃発して日本も参戦することに。
小山裕一は日本軍の要請で戦時歌謡を作ることを強いられます。
古山裕一は自分の作った歌を歌って戦死していく人々のことを思うと辛い気持ちでいっぱいになっていました。
「音楽で人を戦争に駆り立て、若い人の命を奪うことが、僕の役目なのか…」#朝ドラエール#窪田正孝#二階堂ふみ#徳永えり#根本真陽#山時聡真 pic.twitter.com/agYWqpjL1h
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) October 16, 2020
そして第二次世界大戦は終わりを迎え戦後、裕一と音は戦争で傷付いた人々の心を、音楽の力で勇気づけようとするのでした。
古山裕一は音楽で日本を明るくしようと、再び音楽活動に没頭するのです。
朝ドラ「エール」では後半は戦時中から戦後の時代を描かれていくことになります。
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5,000曲も作曲されてきた、古山裕一ですから昭和を代表する懐かしいあの名曲が、ドラマの中で数多く楽しめます。
コロナの影響で一時は放送が中断していましたが、9月より放送が再開し11月27日までの放送へと変更になっています。
<最終週>「エール」📣
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— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) November 22, 2020
エール最終回の結末ラストはコンサートスタイルへ
土曜日に、あの古関裕而記念館に初めて行ってきました。思ったより、小さかったけどいいところでした。今月30日からのエールも楽しみにしたいなって思いました。#古関裕而、#エール pic.twitter.com/9jg1JlBmYm
— 鈴木洋平 (@idai1242) 2020年3月8日
朝ドラ「エール」、古山裕一のモデルとなった古関裕而さんは1989年(平成元年)に、80歳でこの世を去っています。
エールのラストはどこまで描かれていくのでしょうか?
古関裕而さんはこれまでにも「早稲田大学応援歌」や「慶応義塾大学応援歌」「中央大学応援歌」といった学校の応援歌を作曲しています。
「栄光は君に輝く」のシーンでは戦争の混乱期で裕一の友人・佐藤久志は自暴自棄となっていましたが裕一の励ましにより見事、歌手として復活を遂げることが出来ました。
現在も夏の甲子園で流れている「栄光は君に輝く」は誰もが一度は聞いたことがある、壮大な名曲で、時代を超えて愛される音楽です。
そして古山裕一は「エール」の最終週でついに1964年に開催された東京オリンピックの開会式のテーマ曲「オリンピック・マーチ」の作曲を依頼されるのでした。
「先生に“東京オリンピック”のオープニング曲を書いていただきたい。」
作曲の依頼で裕一を訪ねてきた酒井と握手🤝#朝ドラエール#窪田正孝#二階堂ふみ#古川琴音#今野浩喜#塚尾桜雅 pic.twitter.com/tYP2gz8XnC
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) November 24, 2020
それは古山裕一にとって音楽家としての集大成とも言うべき出来事でした。
11月26日(木)は小山田耕三先生が亡くなったとの知らせがあり、古山裕一が本人からの手紙を受け取ります。
小山田は裕一に手紙を残していました。#朝ドラエール#窪田正孝#志村けん#川島潤哉#松本大輝 pic.twitter.com/fZTLhhGZeX
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) November 25, 2020
裕一の妻・音は「海が見たい、裕一さん。」と言って二人で外に出ると、場面が変わってエールのオープニングで出てくる、二人が海岸を楽しそうに駆け回る姿が出てきて「ジ・エンド」となりました。
#エール #朝ドラエール
『オールスター家族対抗歌合戦』の審査員くらいのイメージしかなかった古関裕而さんのことを、その作品とともにじっくり知ることが出来た8ヶ月でした。 pic.twitter.com/iaZfkaRLF0— Saitoh Masaya (@MS3110) November 25, 2020
エール露営の歌(ろえいのうた)のモデルは何?歌詞の意味やヒットの理由
そして11月27日(金曜日)は「エールコンサート」形式で今回のドラマに出演した方々で15分間歌を歌って締めくくるというスタイルになりました。
今日は #エールコンサート 🎵✨
裕一のモデルとなった #古関裕而 さんが生み出した数々の名曲を、キャストの皆さんが披露しました🎤#朝ドラエール pic.twitter.com/qmat6uMifB
— 連続テレビ小説「エール」 (@asadora_nhk) November 26, 2020
【「エール」コンサート曲目】
(1)「とんがり帽子」(古川、井上、小南、子役)
(2)「モスラの歌」(井上、小南)
(3)「福島行進曲」(古川)
(4)「船頭可愛や」(山崎、ギター・中村)
(5)「フランチェスカの鐘」(堀内)
(6)「イヨマンテの夜」(吉原)
(7)「高原列車は行く」(薬師丸)
(8)「栄冠は君に輝く」(森山、山崎)
(9)「長崎の鐘」(二階堂ほか全員、指揮・窪田)
15分というあっという間の時間で、正直特番を組んで放送してほしい位出演者の方々が素敵な歌声を聴かせてくれました~♬♪
なかでも関内家の馬具職人・岩城さん(岩城新平)を演じた吉原光夫(よしはらみつお)さんの「イヨマンテの夜」の圧倒的な声量の素晴らしさに朝から度肝を抜かれた方も多かったようです^^
「#エール」最終回“岩城さん”吉原光夫の歌声にネット衝撃「声量オバケ?」「優勝」本放送前にトレンド入り
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— スポーツニッポン新聞社(スポニチ)|スポーツ(野球.サッカー)・芸能のニュースをお届け (@sponichiannex) November 26, 2020
最後に・・・
今回のドラマが実現するにあたっては「古関裕而さんの音楽を今の若い人達にもっと知ってもらいたい!」という願いを持って、福島県商工会議青年部が、5年の年月を費やして、朝ドラに取り上げてもらおうと活動していたということが分かりました。
音楽の持つ素晴らしさが、今回の朝ドラでは思う存分知ることが出来たと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。