エール朝ドラ

エール池田二郎(北村有起哉)のモデルは菊田一夫!経歴をチェック

朝ドラエールは10月19日(第19週)放送より、終戦後の時代が描かれます。

 

藤堂先生やハーモニカ少年ひろや君の死がキッカケで一時は曲が書けなくなった裕一。

 

そんな裕一に再起をもたらすキッカケをくれたのが、池田二郎(北村有起哉さん)です。

 

池田二郎さんの実在のモデルは菊田一夫さんと言われていますが、どんな人物だったんでしょうか?

 

今回は、池田二郎(北村有起哉さん)のモデルの菊田一夫さんについて、経歴をネタバレ調査してみました。

 

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エール池田二郎(北村有起哉)のモデルは菊田一夫!経歴をチェック

 

 

「エール」北村有起哉さん演じる池田二郎の実在モデルは、劇作家で作詞家の菊田一夫(きくたかずお)さんです。

 

菊田一夫さんは古関裕而さんより1年早い、1908年(明治41年)3月1日に、神奈川県横浜市西戸部町で横浜に生まれました。

 

父親の西郷武大さんは、菊田一夫さんが生まれて間もない生後4ヶ月で、妻・内田センと離婚したのち、妻の姉と再婚して、台湾へと渡りました。

 

しかし、菊田一夫さんは両親から虐待を受け、あげくに両親が逮捕されてしまいます。

 

このため、菊田一夫さんは台湾に住む日本人に引き取られるのですが、引取先に子供が生まれたりして、日本人宅を転々とします。

 

そして、最終的に台湾に住む裕福な菊田吉三郎さんに養子として引き取られ、ようやく幸せな生活を送れるようになるのですが、菊田吉三郎は早死にしてしまいます。

 

その後菊田一夫さんは、菊田吉三郎さんの妻・菊田セツヨさんに育てられます。

 

しかし菊田セツヨさんは、男に騙されることが多く、再婚を繰り返す度に財産を減らしていき、7度目の再婚で金森養之助氏と結婚します。

 

この金森養之助がかなりの悪者で、菊田一夫さんを日本の学校に通わせると言って日本に連れて帰りながら、菊田一夫さんを大阪の薬問屋に奉公人として売り飛ばしたのでした。

 

その後、菊田一夫はまたも神戸の店に売り飛ばされるのですが、今度の主人は良い人で、商科実業学校(神戸市立神港高校)の夜学に通わせてくれました。

 

この頃より、菊田一夫さんは同人誌に詩を投稿するようになり、社長令嬢と恋に落ちたりします。

 

この社長令嬢が宝塚少女歌劇のファンだったことから、菊田一夫さんも宝塚少女歌劇が好きになるものの、当時は丁稚奉公と社長令嬢では結婚は許されない時代でした。

 

その後菊田一夫さんは、店の主人から集金を持ち逃げしたと疑われたのをキッカケに店を飛び出して東京へ行きます。

 

上京後は、雑誌「太平洋詩人」の創刊に関わり、師匠となるサトーハチローさんと出会います。

 

菊田一夫さんは自殺未遂を起こしたり、馬賊になると言って中国へと渡ったりするのですが、最終的にサトーハチローさんの招きで劇団の文芸員となりました。

 

菊田一夫さんはサトーハチローから脚本を書くように命じられ、忠臣蔵のパロディー「阿呆疑士迷々傳」を書き上げてヒットさせ、脚本家としての道を歩み始めます。

 

その後劇団を転々とし、古川ロッパ一座で座付き作家をしていたとき、NHKのラジオドラマ「当世五人男」の脚本を手がけたことで、作曲家の古関裕而さんと出会います。

 

二人は吃音(どもり)で、下戸(酒が飲めない)だったという共通点もあったことから意気投合し、舞台の仕事も一緒にするようになります。

 

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菊田一夫の戦後から晩年は?

 

戦後、菊田一夫さんは疎開先から戻り、脚本家としての活動を再開。

 

昭和20年10月、菊田一夫さんはNHKラジオドラマ「山から来た男」を手がけることになり、古関裕而さんと再会します。

 

昭和30年には、菊田一夫さんは東宝の小林一三さんに招かれ、東宝の取締役に就任し、盟友・古関裕而さんと共に舞台の仕事を手がけるようになります。

 

菊田一夫さんは山崎豊子原作の「暖簾」「花のれん」などをヒットさせ、大坂物の名手となりました。

 

森光子さんを見出して、「放浪記」の主演に抜擢したのも菊田一夫さんです。

 

菊田一夫さんは「演劇界の天皇」と呼ばれる一方で、宝塚ジェンヌや女優を愛人としており、数多くの女性から愛されたという一面もあります。

 

何と生涯で10数人の愛人が居たようです。

 

ところが、最後の愛人・西尾恵美子さんに捨てられてしまいます。

 

晩年には、菊田一夫さんは糖尿病が悪化して入院し、昭和48年(1973年)1月に脳卒中で倒れて入院します。

 

昭和48年4月4日に、入院先の慶應義塾大学病院で、糖尿病の悪化による脳卒中で65歳で死去しました。

 

死後、「演劇界の天皇」に相応しい葬儀が行われ、盟友・古関裕而さんも葬儀で指揮棒を振り、「今日を限りの」の主題歌を演奏しました。

 

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北村有起哉の経歴プロフィール!父や出演作品は?

 

ここからは、池田二郎を演じる北村有起哉(きたむら ゆきや)さんの経歴プロフィールについて追ってみたいと思います。

 

 

北村有起哉(きたむら ゆきや)さんは、東京都の出身。

 

所属事務所は2014年に設立された、TOM companyです。

 

生年月日は1974年4月29日生まれで、2020年10月現在46歳です。

 

血液型は、O型

 

北村有起哉さんの父親は、文学座に所属していた俳優の北村和夫さんです。

 

俳優になりたいと思ったキッカケは、高校時代に文化祭で上演した舞台演劇に興味を持ったことから俳優を志すようになったんだとか。

 

高校卒業後は、俳優養成所や日本映画学校などで演技を学び、1998年、舞台『春のめざめ』と映画『カンゾー先生』でデビューされています。

 

その後特定の劇団に所属しようと思いましたが、当時北村有起哉さんの父親が、文学座に所属していたこともあってやらない事に決めたそうです。

 

舞台のプロデュース公演を中心に活動することになり、近年になってから、テレビドラマにも多数出演するようになりました。

 

そんな北村有起哉さんは、2016年公開の『太陽の蓋』で映画初主演をはたします。

 

北村有起哉さんは当時から自分は決して二枚目タイプではないと自己分析し、どのように自分を売っていくかを考え続けた結果、30歳までにアルバイト生活から足を洗うことを目標にしたとインタビューで述べています。

 

そんな北村有起哉さんですが、NHK朝ドラは2017年の「わろてんか」に続いての出演となっています。

 


気になる北村有起哉さんがいつからエールに出演するか??ですが、10月19日(月)からの第19週目より登場となります。

 

これだけのベテランの経歴を持っていたら、NHK朝ドラに何度も出演されているような気がしましたが、今回2度目で、しかも戦後の古山裕一の作曲家人生に非常に重要な役どころということで話題になりそうですね!

 

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まとめ

 

今回は、北村有起哉さん演じる劇作家の池田二郎という人物や、実在モデルの菊田一夫さんなどについてまとめてみました。

 

朝ドラエールは、戦時中のシーンでは辛い場面が多かったですが、北村有起哉さん演じる劇作家の池田二郎さんの登場で一気に流れが変わりましたね!

 

今後は、北村有起哉さんの登場シーンも話題になりそうです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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