エール朝ドラ

エール永田武(吉岡秀隆)のモデルは永井隆医師!長崎の鐘をネタバレ調査

朝ドラエールは10月19日(第19週)放送より、終戦後の時代が描かれます。

 

藤堂先生や博也君の死がキッカケで一時は曲が書けなくなった裕一。

 

そんな裕一に再起をもたらすヒット映画の原作となったのが、随筆「長崎の鐘」です。

 

この「長崎の鐘」の著者は、吉岡秀隆さん演じる、医師・永田武ですが実在モデルはどんな方だったのでしょう?

 

今回は「エール永田武(吉岡秀隆)のモデルは永井隆医師!長崎の鐘をネタバレ調査」と題して実在モデルや、曲についてネタバレ調査してみました。

 

スポンサーリンク

【エール】永井武のモデルは実在!永井隆ネタバレ

 

 

エール「戦後編」で、吉岡秀隆さんが演じる永井武の実在モデルは、長崎県の医師・永井隆さんです。

 

永井隆さんは、明治41年(1908年)2月3日に島根県松江市で医者の息子として生まれ、松江高校を卒業して長崎医科大学へと進学しました。

 

 

内科医を希望していた永井隆さんですが、急性中耳炎になって右耳が不自由になり聴診器が使えないため、内科を諦めて物理的療法科へと転向し、放射線(レントゲン)を学んで、卒業後は医師として活躍するようになります。

 

永井隆は昭和9年6月にキリスト教の洗礼を受け、同年8月に同じくクリスチャンの森山緑さんと結婚しました。

 

永井隆さんは長崎県に投下された原爆で被爆した医師として知られています。

 

もちろん、原爆で被爆したことは嘘ではありませんが実際は戦時中に従事したX線検診によって被爆しており、昭和20年6月に白血病と診断され、余命3年の宣告を受けていました。

 

そして2ヶ月後の昭和20年8月、長崎県に原爆が投下された際、永井隆さんは原爆で被爆しています。

 

永井隆さんは、原爆で妻を失い、自身も右側頭部動脈切断の重傷を負っています。

 

それにもかかわらず被爆者の救護に従事し、昭和21年に著書「長崎の鐘」、昭和23年に著書「この子を残して」を発表しました。

 

著書「長崎の鐘」の発売は当初は占領下におかれていたこともあって現在のようにスムーズには行かず、ドラマ「裸の大将」のモデル山下清を支援した精神科医・式場隆三郎さんが、永井隆さんの著書発行に奔走することになりました。

 

昭和24年、その式場隆三郎さんが、随筆「長崎の鐘」を歌にする企画をコロムビアレコードに持ち込み、コロムビアレコードがレコードの発売を決定します。

 

そこで、広島の原爆で弟を失っていたサトウハチローさんが作詞し、古関裕而さんが作曲を手がけています。

 

歌は当初はジャズ・ラテン歌手の池真理子さんが吹き込む予定だったのですが、歌詞に「召されて妻は天国へ」という歌詞があったことから男性の方が良いとして藤山一郎さんが歌うことになりました。

 

こうして、藤山一郎さんが「長崎の鐘」を歌うことになったのですが、何と藤山一郎さんはレコーディングの当日、高熱を出してしまい、まともに歌える状態ではなかったのだそうです。

 

しかし、式場隆三郎さんやオーケストラがスタジオで待っていたことから、藤山一郎さんは無理を押してレコーディングへと向かい、「長崎の鐘」を熱唱します。

 

 

この熱唱ぶりに、スタッフは再レコーディングを決めていたのですが、何の問題も無かったので、そのままレコードを発売しました。

 

永井隆さんは病床で、ラジオから流れてくる「長崎の鐘」を聞いて感動し、作曲した古関裕而と手紙を交換して交流を持つようになりました。

 

ですが、永井隆さんは昭和26年(昭和26年)5月1日に死去したため、古関裕而さんとの面会はついに叶うことは出来ませんでした。

 

スポンサーリンク

吉岡秀隆プロフィール!エールはいつから登場?

 

ここからは、永井武を演じる吉岡秀隆さんの経歴プロフィールについて追ってみたいと思います。

 

 

吉岡 秀隆(よしおか ひでたか)さんは、埼玉県蕨市の出身。

 

所属事務所はOffice Bow!です。

 

生年月日は1970年8月12日生まれで、2020年10月現在50歳です。

 

吉岡秀隆さんは、子役として5歳で劇団若草に所属。

 

所属後間もなくテレビ時代劇『大江戸捜査網』でデビューしています。

 

当時、「吉岡 ひでたか」の芸名で、子供向けの歌をいくつか吹き込んでいて、1976年に「山口さんちのツトム君」の歌の人気を受けて制作されたアルバム『ユミちゃんの引越し・山口さんちのツトム君 みなみらんぼうのこどものうた』(パパ役が田中星児さん、ママ役が小鳩くるみさんで、ツトム君役が吉岡さん)の中で、吉岡さんが「山口さんちのツトム君」を歌っていました。

 

1977年、野村芳太郎監督の『八つ墓村』で主人公・寺田辰弥の少年時代役を演じ、映画に初出演しています。

 

吉岡秀隆さんがさらにブレイクしたのは、1980年公開の『遙かなる山の呼び声』の武志役のオーディションにて山田洋次監督に見出されたことからでした。

 

翌1981年公開の『男はつらいよ』シリーズ第27作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』から第50作まで寅次郎の甥・諏訪満男役でレギュラー出演して、こちらも代表作となります。

 

主演の渥美清さんが病気で派手な演技ができなくなり、『男はつらいよ ぼくの伯父さん』以降は登場シーンが増え、事実上の主役となっていました。

 

1981年より2002年まで、『北の国から』に黒板純役でレギュラー出演し、黒板螢役の中嶋朋子さんとともに名子役と云われて、こちらも代表作になりました。

 

当時ドラマを見ることがない方も吉岡秀隆さんのことを何となく知っていた方もいたようです。

 

2003年、『Dr.コトー診療所』に主演して高視聴率を獲得し、名俳優として知られています。

 

そんな吉岡秀隆さんですが、意外にも、NHK朝ドラは今回が初出演となるんだとか!

 

気になる吉岡秀隆さんがいつからエールに出演するか??ですが、10月19日(月)からの第19週目より登場となります。

 

これだけのベテランの経歴を持っていたら、NHK朝ドラには既に出演されているような気がしましたが、今回はじめてということで話題になりそうですね!

 

スポンサーリンク

まとめ

 

今回は、吉岡秀隆さん演じる長崎の医師・永井武という人物や、実在モデルの永井隆さんのプロフィールなどについてまとめてみました。

 

朝ドラエールは、音楽を題材にしているだけあって、キャストもミュージカルや舞台経験のある方が多数出演されていますね。

 

吉岡秀隆さんの登場シーンも話題になりそうです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

error: Content is protected !!